奥さんがこたぬきのカバンにアンパンマンのバンドをつけてあげたら、
「ア、リ、ガ、トー」
って言えました。
成長してるねぇ(´ω`)
ラベル
2012年5月5日土曜日
2012年2月25日土曜日
2011年10月15日土曜日
初宮詣・初ドライブ
いわゆる「お宮参り」、初宮詣とも言うそうですね。知りませんでした。
我が家の天使・こたぬき様もすでに誕生から1か月が経ち、お宮参りに行ってきました。
近所の神社ではなく、ほんの少し遠出して結婚式を挙げた赤坂の日枝神社に詣でたのですが、クルマで行くのが便利だったので、こたぬきは初チャイルドシート搭乗とあいなったのでした。
この日に備えてチャイルドシートはクルマにセットしてあったものの、乗せる予行演習はしてなかったので出掛け間際になってベルトの調節方法がわからない!
取説を読み込んでも調節の要点が理解できず、10分ぐらい格闘してもまったくベルトの長さを変えられず(;´Д`)
この日は少し汗ばむ陽気であるうえに、ジャケットを羽織って狭い後部座席で奮闘してたので汗だく。
うちの父に代わってもらったのだけどやっぱりできない。
30分ぐらいかけてやっと、股ベルトの長さは変えられず、肩ベルトの長さを調節するのだと悟り、ようやくと出発できたのでした。
調節が完璧でなく、やや窮屈そうだったものの、クルマが走りだすとこたぬきはすぐに眠ってしまったのでした。
チャイルドシートでのドライブが気に入ってくたようでよかった(´(ェ)`)
神社の写真館での撮影中もずっとごきげんで、フラッシュがパシャパシャ焚かれてるのにむしろカメラ目線になるほどでした。
おかげでナイスショットだらけになり、選ぶのが大変でした。
結局、ベストショットをプリントしたうえで、セカンドベストもデータでもらい(このデータがけっこうな額で…)、合計金額がちょっと腰が引ける額になってしまいました。
祈祷中は僕の腕の中でぐっすり。
楽器が鳴ってもびくともせず、平穏無事に祈祷も終了。
帰りのドライブもチャイルドシートの中で終始眠っていたので、大変楽なお宮参りでした。
我が家の天使・こたぬき様もすでに誕生から1か月が経ち、お宮参りに行ってきました。
近所の神社ではなく、ほんの少し遠出して結婚式を挙げた赤坂の日枝神社に詣でたのですが、クルマで行くのが便利だったので、こたぬきは初チャイルドシート搭乗とあいなったのでした。
この日に備えてチャイルドシートはクルマにセットしてあったものの、乗せる予行演習はしてなかったので出掛け間際になってベルトの調節方法がわからない!
取説を読み込んでも調節の要点が理解できず、10分ぐらい格闘してもまったくベルトの長さを変えられず(;´Д`)
この日は少し汗ばむ陽気であるうえに、ジャケットを羽織って狭い後部座席で奮闘してたので汗だく。
うちの父に代わってもらったのだけどやっぱりできない。
30分ぐらいかけてやっと、股ベルトの長さは変えられず、肩ベルトの長さを調節するのだと悟り、ようやくと出発できたのでした。
調節が完璧でなく、やや窮屈そうだったものの、クルマが走りだすとこたぬきはすぐに眠ってしまったのでした。
チャイルドシートでのドライブが気に入ってくたようでよかった(´(ェ)`)
神社の写真館での撮影中もずっとごきげんで、フラッシュがパシャパシャ焚かれてるのにむしろカメラ目線になるほどでした。
おかげでナイスショットだらけになり、選ぶのが大変でした。
結局、ベストショットをプリントしたうえで、セカンドベストもデータでもらい(このデータがけっこうな額で…)、合計金額がちょっと腰が引ける額になってしまいました。
祈祷中は僕の腕の中でぐっすり。
楽器が鳴ってもびくともせず、平穏無事に祈祷も終了。
帰りのドライブもチャイルドシートの中で終始眠っていたので、大変楽なお宮参りでした。
2011年9月19日月曜日
出産ログ
遅ればせながらの報告ですが、
9月3日早朝、我が家に天使が誕生しました。
22時間半の長い出産になりましたが、そのログをちょっと残しておこうと思います;
9月1日夜、
奥さん自身は予感があったようでいつでも入院できるように早めに夕食・入浴を済ませていたようでした。
22時に僕が帰宅して、いつもどおり床に就きました。
9月2日明け方、
僕が目が覚ますと彼女は下腹部の痛みのためにほとんど眠れてないようでした。
陣痛かどうかわからないけど、痛みが続いているのでとりあえず病院に訊いたら、陣痛かどうかの判断がつかず、1時間後まだ電話するようにとのことでした。
6:00頃、
やっぱり断続的な腹痛が続いていたので病院に電話してみると病院に来るようにとの指示でした。
8:30
通常の診療時間になるのを待って歩いて病院の産科外来に。
すでに子宮口は6cm。即、入院が決まりました。
9:00過ぎ
奥さんは病棟に移動。
僕が入院手続していると奥さんの母親がかけつけてきました。
9:30
陣痛室前で待機していると、看護師さんに呼ばれ陣痛室に案内されました。
そこではすでに出産着に着替えた奥さんがモニタリングされながら寝台に横たわっていたのでした。
陣痛は7~8分間隔で、助産師さんと楽しく会話できるほどの余裕。
お腹の張り具合をモニタリングしていたので、徐々に陣痛がくるのが他人の僕にもわかりました。
ピークが近づいてくると腰をさすってあげる、の繰り返しが数時間つづきました。
午後に入っても陣痛の間隔は4~5分で、あまりお産は進まず。
診察と病棟の案内があるというのでそれを機に僕は一旦帰宅。
朝が早かったのでかなり眠く…小一時間ほど眠ってしまいました。
15:30
陣痛室に戻ると奥さんはスクワットをしてました。
お産を進めるために少し動いたほうがいいというので、病棟を歩きまわったり、陣痛の合間にスクワットを続けるのでした。
17:30
陣痛間隔は3~4分。しかしまだ子宮口は7cm大。
さすがに奥さんは疲れてきた様子。
18:00
夕飯が出るとのことだが、痛みのため食べ物が喉が通らないだろうと思いヴィダーを買いに出るも売店で売り切れ。しかたなくカロリーメイトのゼリーを買って戻りました。
19:30
隣の陣痛室に入っていた妊婦さんの陣痛がピークになってきたようで騒がしくなりました。
こちらは出された食事を一生懸命口に運ぶが、案の定、あまり喉を通らず。
22:00
どうやらお隣さんが分娩室に入った模様。
もう夜勤の助産師さんしかいなく、担当の助産師さんもお隣さんの分娩に入るとのこと。
ちょっと不安になってきたところで、奥さんが陣痛のため夕飯を戻してしまいました。
エチケット袋の用意なんかしてなかったので、ナースコールをして受け皿を持ってきてもらいました。
その間両手で受けてしのごうとしたものの、ベッドが汚れ寝台を移ることに。
23:00
替えの汗ふきタオルを取りに、僕は一時帰宅。
すぐに戻ると、ゲロ騒動のあいだにお隣さんは出産したようで家族が生まれた赤ちゃんと面会していた。
子宮口は8cmまできました。
日付変わって9月3日、午前1:00
さすがに疲れて眠くなり腰をさすりながらもうたた寝。
奥さんのほうも陣痛のたびに寝たり起きたりの繰り返し。
子宮口はやっと9cm。あともうちょっとなんですよ、と助産師さんに励まされました。
午前3:00
相変わらずの状態に、奥さんが「ほんとに出てくるんですかぁーー」と助産師さんに悪態をついたのでした。
午前4:00
分娩台に乗ったほうが赤ちゃんが降りてきやすくなるかもという助産師さんの意見で、子宮口は開ききってないが早めに分娩室に移りました。
この夜は運良く主治医の先生が当直で、立ちあってもらえました。
午前4:20
羊膜に穴を開け、羊水を排出。
午前4:57
女の子が誕生。
フギャーと、第一声。
出てきた赤ちゃんがすぐに産声を上げたのは意外でした。
がんばった奥さんの顔を見て思わず涙が出そうになりました。
すぐに体重と身長計測が行われ、体重2780g、身長49.0cm。
入念に四肢五指が確認され、無事、異常なし。
胎盤排出が終わると赤ちゃんは奥さんのもとに戻され、初授乳。
もうちゃんとおっぱいを吸えるのでした。
旦那の僕としてはここからが辛かった。
出産が終わっても奥さんは2時間は分娩台から降りないため、分娩室と待合室を行ったり来たり。
待合室で横になれないので眠ることも許されず、奥さんが病室に移るまで眠くても家に帰れないのでした。
結局、家に戻ってベットに入ったのは朝の9:00頃でした。
9月3日早朝、我が家に天使が誕生しました。
22時間半の長い出産になりましたが、そのログをちょっと残しておこうと思います;
9月1日夜、
奥さん自身は予感があったようでいつでも入院できるように早めに夕食・入浴を済ませていたようでした。
22時に僕が帰宅して、いつもどおり床に就きました。
9月2日明け方、
僕が目が覚ますと彼女は下腹部の痛みのためにほとんど眠れてないようでした。
陣痛かどうかわからないけど、痛みが続いているのでとりあえず病院に訊いたら、陣痛かどうかの判断がつかず、1時間後まだ電話するようにとのことでした。
6:00頃、
やっぱり断続的な腹痛が続いていたので病院に電話してみると病院に来るようにとの指示でした。
8:30
通常の診療時間になるのを待って歩いて病院の産科外来に。
すでに子宮口は6cm。即、入院が決まりました。
9:00過ぎ
奥さんは病棟に移動。
僕が入院手続していると奥さんの母親がかけつけてきました。
9:30
陣痛室前で待機していると、看護師さんに呼ばれ陣痛室に案内されました。
そこではすでに出産着に着替えた奥さんがモニタリングされながら寝台に横たわっていたのでした。
陣痛は7~8分間隔で、助産師さんと楽しく会話できるほどの余裕。
お腹の張り具合をモニタリングしていたので、徐々に陣痛がくるのが他人の僕にもわかりました。
ピークが近づいてくると腰をさすってあげる、の繰り返しが数時間つづきました。
午後に入っても陣痛の間隔は4~5分で、あまりお産は進まず。
診察と病棟の案内があるというのでそれを機に僕は一旦帰宅。
朝が早かったのでかなり眠く…小一時間ほど眠ってしまいました。
15:30
陣痛室に戻ると奥さんはスクワットをしてました。
お産を進めるために少し動いたほうがいいというので、病棟を歩きまわったり、陣痛の合間にスクワットを続けるのでした。
17:30
陣痛間隔は3~4分。しかしまだ子宮口は7cm大。
さすがに奥さんは疲れてきた様子。
18:00
夕飯が出るとのことだが、痛みのため食べ物が喉が通らないだろうと思いヴィダーを買いに出るも売店で売り切れ。しかたなくカロリーメイトのゼリーを買って戻りました。
19:30
隣の陣痛室に入っていた妊婦さんの陣痛がピークになってきたようで騒がしくなりました。
こちらは出された食事を一生懸命口に運ぶが、案の定、あまり喉を通らず。
22:00
どうやらお隣さんが分娩室に入った模様。
もう夜勤の助産師さんしかいなく、担当の助産師さんもお隣さんの分娩に入るとのこと。
ちょっと不安になってきたところで、奥さんが陣痛のため夕飯を戻してしまいました。
エチケット袋の用意なんかしてなかったので、ナースコールをして受け皿を持ってきてもらいました。
その間両手で受けてしのごうとしたものの、ベッドが汚れ寝台を移ることに。
23:00
替えの汗ふきタオルを取りに、僕は一時帰宅。
すぐに戻ると、ゲロ騒動のあいだにお隣さんは出産したようで家族が生まれた赤ちゃんと面会していた。
子宮口は8cmまできました。
日付変わって9月3日、午前1:00
さすがに疲れて眠くなり腰をさすりながらもうたた寝。
奥さんのほうも陣痛のたびに寝たり起きたりの繰り返し。
子宮口はやっと9cm。あともうちょっとなんですよ、と助産師さんに励まされました。
午前3:00
相変わらずの状態に、奥さんが「ほんとに出てくるんですかぁーー」と助産師さんに悪態をついたのでした。
午前4:00
分娩台に乗ったほうが赤ちゃんが降りてきやすくなるかもという助産師さんの意見で、子宮口は開ききってないが早めに分娩室に移りました。
この夜は運良く主治医の先生が当直で、立ちあってもらえました。
午前4:20
羊膜に穴を開け、羊水を排出。
午前4:57
女の子が誕生。
フギャーと、第一声。
出てきた赤ちゃんがすぐに産声を上げたのは意外でした。
がんばった奥さんの顔を見て思わず涙が出そうになりました。
すぐに体重と身長計測が行われ、体重2780g、身長49.0cm。
入念に四肢五指が確認され、無事、異常なし。
胎盤排出が終わると赤ちゃんは奥さんのもとに戻され、初授乳。
もうちゃんとおっぱいを吸えるのでした。
旦那の僕としてはここからが辛かった。
出産が終わっても奥さんは2時間は分娩台から降りないため、分娩室と待合室を行ったり来たり。
待合室で横になれないので眠ることも許されず、奥さんが病室に移るまで眠くても家に帰れないのでした。
結局、家に戻ってベットに入ったのは朝の9:00頃でした。
2011年8月31日水曜日
期待と不安
新首相に期待、
というわけではなく、
"子たぬき"が生まれたあとの新生活に期待感が募ってます。
昨日検診を受けたうちの奥さんによれば子たぬきはすでに3200g(推定)まで育っているそう。
子宮口も開き始めたらしく、いよいよ感が強くなってきました。
一方で、出産準備を進めるなかでわからないことがいろいろあって不安も募っていることも確か。
特に父親として心配なのは、ちゃんと育児の時間を確保できるのかということ。
やっぱり遠距離通勤は痛い。
さらにサービス残業を社是とする今の会社が痛い。
奥さんが育休明ける頃までにはまた"新たな決断"が必要かもしれません。
というわけではなく、
"子たぬき"が生まれたあとの新生活に期待感が募ってます。
昨日検診を受けたうちの奥さんによれば子たぬきはすでに3200g(推定)まで育っているそう。
子宮口も開き始めたらしく、いよいよ感が強くなってきました。
一方で、出産準備を進めるなかでわからないことがいろいろあって不安も募っていることも確か。
特に父親として心配なのは、ちゃんと育児の時間を確保できるのかということ。
やっぱり遠距離通勤は痛い。
さらにサービス残業を社是とする今の会社が痛い。
奥さんが育休明ける頃までにはまた"新たな決断"が必要かもしれません。
2011年7月6日水曜日
2011年6月30日木曜日
性別不明
子タヌキ(仮)はシャイなので、なかなかエコーで股間を見せてくれないよです。
なので、まだ性別不明。
なので、まだ性別不明。
名前は各性別で二つずつぐらいに候補しぼって、あとは生まれてから決定、でしょうか。
男の子の名前は、もう二つに絞りました。
字画を気にしてたけど流派などで言うことが違うし、たまひよの無料名付けサービスもイマイチだったので、最初から気に入ってたヤツと実父(子タヌキのおじいちゃん)の名前から一字もらったヤツとにしちゃいました。
女の子のほうは候補が絞りきれてません。
だいたい4つまではきていると思うのだけど、奥さんと自分とで若干有力候補が違う気がします。
判断材料がないので、これで次回の検診とかで女の子確定だと焦っちゃうなぁ(^_^;
2011年5月30日月曜日
そろそろ名前を
子タヌキ(仮)もはや7か月を迎えます。
G.W.ぐらいからぼちぼち名前の候補をいくつか考えてますが、
有力候補が増えません(;´∩`)
名付けの本を参考にしようと思ったけど、分厚いだけで中身は薄い。
人気の名前からインスピレーションを得ると流行りの名前になっちゃいそう。
グローバルな名前を、ってうちの父親は言うけど、子タヌキが活躍する20〜30年後は英語がグローバルスタンダードじゃないかも。
アラブ圏とか中国とかにも通じる名前って?
まだ性別不明だから両方の路線で考えないと。
女の子だったら、奥さんの名前の一字をもらってつけたいな。
ちょうど字画のいい組合せがあるし。
呼びの響きも大事。
なるべく親類に似た名前がないようにしないと紛らわしい。
男の子だったら…
自分の名前は一字かつ二字以上で使いづらいので、うちの親からもらおうか。
はてまた出雲大社に参詣したあとに大願成就したので、あやかった名前にするか。
最終決定は顔見てからでもいいと思うけど、男女各3つくらいまでは絞っておきたい。
なんか、こう、ビタッーとくるの、ねぇなかなぁ
G.W.ぐらいからぼちぼち名前の候補をいくつか考えてますが、
有力候補が増えません(;´∩`)
名付けの本を参考にしようと思ったけど、分厚いだけで中身は薄い。
人気の名前からインスピレーションを得ると流行りの名前になっちゃいそう。
グローバルな名前を、ってうちの父親は言うけど、子タヌキが活躍する20〜30年後は英語がグローバルスタンダードじゃないかも。
アラブ圏とか中国とかにも通じる名前って?
まだ性別不明だから両方の路線で考えないと。
女の子だったら、奥さんの名前の一字をもらってつけたいな。
ちょうど字画のいい組合せがあるし。
呼びの響きも大事。
なるべく親類に似た名前がないようにしないと紛らわしい。
男の子だったら…
自分の名前は一字かつ二字以上で使いづらいので、うちの親からもらおうか。
はてまた出雲大社に参詣したあとに大願成就したので、あやかった名前にするか。
最終決定は顔見てからでもいいと思うけど、男女各3つくらいまでは絞っておきたい。
なんか、こう、ビタッーとくるの、ねぇなかなぁ
2011年4月2日土曜日
2011年4月1日金曜日
天使が舞い降りたヾ(*´∀`*)ノ゛
2011年1月14日(金)、記念すべき日。
会社から帰宅して、夕飯前に奥さんから「そこに座って。話があります」と、切り出された。
「赤ちゃんができました」
奥さんは素直に喜びたいんだろうに、僕に一番に直接話そうと、誰にも言わず、夜までずっと耐えていたみたい。
俺に話したとたん、緊張が解けたのか、ほっとしたのか、泣き出しちゃいました。
俺もすごく感動した。
ほんとうに嬉しかった。
赤ん坊が元気に産まれてくるまで油断しちゃいけないんだけど、
いや、無事産まれても成人するまで油断できないんだろうけど、
なんだか諦めムードも漂い始めてたこれまでを考えれば、
貴重な、人生の小さいが大きな一歩だと思う。
ここは素直に喜びたい。
クリスマスにマサムネが死んで、彼(?)の生まれ変わりだろうかw
奥さんは「マサムネが連れてきてくれた」という。
いろいろな神様・仏様にお願いして、現代医学にも頼って、
最後に「シゴト」してくれたのは黒い出目金??
思えば、台湾の占い師に子作りに悩んでいることを見透され、
勧められるままに飼いはじめた黒い金魚。
すげーな、台湾の占い師!
ありがと、マサムネ!!
当然、まだ周囲には言えない。
義母はあからさまに期待してプレッシャーをかけてくるし、うちの両親だって黙って我慢してくれているのだろうけど期待しているに違いない。
何かあっても嫌だけど、大きな期待をしてしまうとその後が辛い。
だから、大いに喜ぶけど静観、静観。
つっても、全然、落ち着かない。
ふっとするといろいろ先のこと、考えちゃう。
あんなに望んでいたのに、まだ覚悟ができてなかったんだな。
このエントリが無事公開できますように、切に願う1月15日の私です。
会社から帰宅して、夕飯前に奥さんから「そこに座って。話があります」と、切り出された。
「赤ちゃんができました」
奥さんは素直に喜びたいんだろうに、僕に一番に直接話そうと、誰にも言わず、夜までずっと耐えていたみたい。
俺に話したとたん、緊張が解けたのか、ほっとしたのか、泣き出しちゃいました。
俺もすごく感動した。
ほんとうに嬉しかった。
赤ん坊が元気に産まれてくるまで油断しちゃいけないんだけど、
いや、無事産まれても成人するまで油断できないんだろうけど、
なんだか諦めムードも漂い始めてたこれまでを考えれば、
貴重な、人生の小さいが大きな一歩だと思う。
ここは素直に喜びたい。
クリスマスにマサムネが死んで、彼(?)の生まれ変わりだろうかw
奥さんは「マサムネが連れてきてくれた」という。
いろいろな神様・仏様にお願いして、現代医学にも頼って、
最後に「シゴト」してくれたのは黒い出目金??
思えば、台湾の占い師に子作りに悩んでいることを見透され、
勧められるままに飼いはじめた黒い金魚。
すげーな、台湾の占い師!
ありがと、マサムネ!!
当然、まだ周囲には言えない。
義母はあからさまに期待してプレッシャーをかけてくるし、うちの両親だって黙って我慢してくれているのだろうけど期待しているに違いない。
何かあっても嫌だけど、大きな期待をしてしまうとその後が辛い。
だから、大いに喜ぶけど静観、静観。
つっても、全然、落ち着かない。
ふっとするといろいろ先のこと、考えちゃう。
あんなに望んでいたのに、まだ覚悟ができてなかったんだな。
![]() |
| 中央やや左の黒ポチが我が家の天使 |
登録:
投稿 (Atom)




