2011年10月15日土曜日

初宮詣・初ドライブ

いわゆる「お宮参り」、初宮詣とも言うそうですね。知りませんでした。

我が家の天使・こたぬき様もすでに誕生から1か月が経ち、お宮参りに行ってきました。
近所の神社ではなく、ほんの少し遠出して結婚式を挙げた赤坂の日枝神社に詣でたのですが、クルマで行くのが便利だったので、こたぬきは初チャイルドシート搭乗とあいなったのでした。

この日に備えてチャイルドシートはクルマにセットしてあったものの、乗せる予行演習はしてなかったので出掛け間際になってベルトの調節方法がわからない!
取説を読み込んでも調節の要点が理解できず、10分ぐらい格闘してもまったくベルトの長さを変えられず(;´Д`)

この日は少し汗ばむ陽気であるうえに、ジャケットを羽織って狭い後部座席で奮闘してたので汗だく。

うちの父に代わってもらったのだけどやっぱりできない。


30分ぐらいかけてやっと、股ベルトの長さは変えられず、肩ベルトの長さを調節するのだと悟り、ようやくと出発できたのでした。

調節が完璧でなく、やや窮屈そうだったものの、クルマが走りだすとこたぬきはすぐに眠ってしまったのでした。
チャイルドシートでのドライブが気に入ってくたようでよかった(´(ェ)`)


神社の写真館での撮影中もずっとごきげんで、フラッシュがパシャパシャ焚かれてるのにむしろカメラ目線になるほどでした。
おかげでナイスショットだらけになり、選ぶのが大変でした。
結局、ベストショットをプリントしたうえで、セカンドベストもデータでもらい(このデータがけっこうな額で…)、合計金額がちょっと腰が引ける額になってしまいました。

祈祷中は僕の腕の中でぐっすり。
楽器が鳴ってもびくともせず、平穏無事に祈祷も終了。


帰りのドライブもチャイルドシートの中で終始眠っていたので、大変楽なお宮参りでした。

2011年9月23日金曜日

二年目、論文合否発表

22日、論文の合否発表がありました。

結果、今年もダメでしたorz


手応え的にもわかってたので改めてガッカリということはなく、今年は本当に勉強できてなかったので当然の結果です。
選択科目の免除資格が得られるかどうかは紙面による通知が来ないとわからないので、せめてそちらだけでもいい結果が出ればよいのだけど…


今年度の論文合格者数は昨年からまた100余人減って、715名。
このところ急激な減少傾向が続いていて、弁理士はことさら狭き門になってきました。
業界的にも出願件数が減っていて、その影響でしょうか。
弁理士になっても職にあぶれるというハナシは本当かもしれません(-公-)。

2011年9月19日月曜日

出産ログ

遅ればせながらの報告ですが、
9月3日早朝、我が家に天使が誕生しました。
22時間半の長い出産になりましたが、そのログをちょっと残しておこうと思います;


9月1日夜、
奥さん自身は予感があったようでいつでも入院できるように早めに夕食・入浴を済ませていたようでした。
22時に僕が帰宅して、いつもどおり床に就きました。

9月2日明け方、
僕が目が覚ますと彼女は下腹部の痛みのためにほとんど眠れてないようでした。
陣痛かどうかわからないけど、痛みが続いているのでとりあえず病院に訊いたら、陣痛かどうかの判断がつかず、1時間後まだ電話するようにとのことでした。

6:00頃、
やっぱり断続的な腹痛が続いていたので病院に電話してみると病院に来るようにとの指示でした。

8:30
通常の診療時間になるのを待って歩いて病院の産科外来に。
すでに子宮口は6cm。即、入院が決まりました。

9:00過ぎ
奥さんは病棟に移動。
僕が入院手続していると奥さんの母親がかけつけてきました。

9:30
陣痛室前で待機していると、看護師さんに呼ばれ陣痛室に案内されました。
そこではすでに出産着に着替えた奥さんがモニタリングされながら寝台に横たわっていたのでした。
陣痛は7~8分間隔で、助産師さんと楽しく会話できるほどの余裕。

お腹の張り具合をモニタリングしていたので、徐々に陣痛がくるのが他人の僕にもわかりました。
ピークが近づいてくると腰をさすってあげる、の繰り返しが数時間つづきました。

午後に入っても陣痛の間隔は4~5分で、あまりお産は進まず。
診察と病棟の案内があるというのでそれを機に僕は一旦帰宅。
朝が早かったのでかなり眠く…小一時間ほど眠ってしまいました。

15:30
陣痛室に戻ると奥さんはスクワットをしてました。
お産を進めるために少し動いたほうがいいというので、病棟を歩きまわったり、陣痛の合間にスクワットを続けるのでした。

17:30
陣痛間隔は3~4分。しかしまだ子宮口は7cm大。
さすがに奥さんは疲れてきた様子。

18:00
夕飯が出るとのことだが、痛みのため食べ物が喉が通らないだろうと思いヴィダーを買いに出るも売店で売り切れ。しかたなくカロリーメイトのゼリーを買って戻りました。

19:30
隣の陣痛室に入っていた妊婦さんの陣痛がピークになってきたようで騒がしくなりました。
こちらは出された食事を一生懸命口に運ぶが、案の定、あまり喉を通らず。

22:00
どうやらお隣さんが分娩室に入った模様。
もう夜勤の助産師さんしかいなく、担当の助産師さんもお隣さんの分娩に入るとのこと。
ちょっと不安になってきたところで、奥さんが陣痛のため夕飯を戻してしまいました。
エチケット袋の用意なんかしてなかったので、ナースコールをして受け皿を持ってきてもらいました。
その間両手で受けてしのごうとしたものの、ベッドが汚れ寝台を移ることに。

23:00
替えの汗ふきタオルを取りに、僕は一時帰宅。
すぐに戻ると、ゲロ騒動のあいだにお隣さんは出産したようで家族が生まれた赤ちゃんと面会していた。
子宮口は8cmまできました。


日付変わって9月3日、午前1:00
さすがに疲れて眠くなり腰をさすりながらもうたた寝。
奥さんのほうも陣痛のたびに寝たり起きたりの繰り返し。
子宮口はやっと9cm。あともうちょっとなんですよ、と助産師さんに励まされました。

午前3:00
相変わらずの状態に、奥さんが「ほんとに出てくるんですかぁーー」と助産師さんに悪態をついたのでした。

午前4:00
分娩台に乗ったほうが赤ちゃんが降りてきやすくなるかもという助産師さんの意見で、子宮口は開ききってないが早めに分娩室に移りました。
この夜は運良く主治医の先生が当直で、立ちあってもらえました。

午前4:20
羊膜に穴を開け、羊水を排出。

午前4:57
女の子が誕生。
フギャーと、第一声。
出てきた赤ちゃんがすぐに産声を上げたのは意外でした。
がんばった奥さんの顔を見て思わず涙が出そうになりました。


すぐに体重と身長計測が行われ、体重2780g、身長49.0cm。
入念に四肢五指が確認され、無事、異常なし。


胎盤排出が終わると赤ちゃんは奥さんのもとに戻され、初授乳。
もうちゃんとおっぱいを吸えるのでした。


旦那の僕としてはここからが辛かった。
出産が終わっても奥さんは2時間は分娩台から降りないため、分娩室と待合室を行ったり来たり。
待合室で横になれないので眠ることも許されず、奥さんが病室に移るまで眠くても家に帰れないのでした。

結局、家に戻ってベットに入ったのは朝の9:00頃でした。

2011年8月31日水曜日

期待と不安

新首相に期待、
というわけではなく、
"子たぬき"が生まれたあとの新生活に期待感が募ってます。

昨日検診を受けたうちの奥さんによれば子たぬきはすでに3200g(推定)まで育っているそう。
子宮口も開き始めたらしく、いよいよ感が強くなってきました。
一方で、出産準備を進めるなかでわからないことがいろいろあって不安も募っていることも確か。
特に父親として心配なのは、ちゃんと育児の時間を確保できるのかということ。
やっぱり遠距離通勤は痛い。
さらにサービス残業を社是とする今の会社が痛い。

奥さんが育休明ける頃までにはまた"新たな決断"が必要かもしれません。

2011年7月29日金曜日

うしろ指さされたっていいさ

久々に退社時の空が明るい(*´∇`)

今日は周りが忙しそうなのを尻目に早く会社を出た。


このところ二つのプロジェクトの板挟みに遭い、死ぬほど忙しかったし、どうせ明日土曜日は出社だし、たまにはいいじゃないかと。

従来携わってきたプロジェクトの自分の担当を引き継いでくれる人がなかなか決まらず、ズルズルと2週間あまり掛け持ち状態で新プロジェクトのほうに本格的に入れないでいたら、マネージャーから「もう設計終っちまうぞ」とどやされ(-_-;)

従来プロジェクトの仕事のボリュームが減るどころか増えそうな勢いだったので、
「もうこれ以上は勘弁してください」
を連発して仕事を整理すれば、そっちのマネージャーからは怨めしい顔をされ(ノA`)

ふと気づくと、両方から冷たくされてた。


俺は悪くないと思うんですけど…
なんか今の状況は腑に落ちないところがあるものの、
ま、仕事減ったし、いいかなぁとも思う今日この頃です。